研究内容
アルツハイマー病リスク遺伝子の上流制御因子の特定
アルツハイマー病は多くの場合、遺伝要因と環境要因の合わさった結果として発症する多因子疾患として捉えられます。遺伝要因としてはAPOE遺伝子の多型が有名です。近年、大規模なゲノム解析からTREM2、BIN1、CD33、PTK2Bなど多数の遺伝子が疾患感受性遺伝子(リスク遺伝子)として浮上してきました。これらの遺伝子の機能の変化はアルツハイマー病の発症や進行に影響すると考えられます。当研究室は、これらの遺伝子の機能がどのように制御されているか、そして、これらを介してアルツハイマー病に影響する上流のタンパク質はないかを調べています。特に、CD33遺伝子は、疾患に関わる多型が選択的スプライシングに関わることが明らかです。そこで、CD33のスプライシングの制御因子とその制御機構を調べることで、人工的な病態への介入の手がかりを探ります。
<ミクログリアの機能を担う鍵因子・TREM2の発現制御機構>
TREM2はミクログリアに多く発現する膜結合型の受容体タンパク質です。このタンパク質のアミノ酸置換をもたらす遺伝子多型はアルツハイマー病のリスク上昇させることが知られています。また、TREM2の機能喪失変異は、常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患である那須ハコラ病の原因となります。那須ハコラ病は若年性の認知症と異常骨折を呈する疾患です。当研究室では、那須ハコラ病の原因となる変異の一つ、エキソン3に隣接したスプライス部位変異による異常を改善する人工RNA分子の作製を試みました。この変異が生じると、エキソン3がmRNAから排除され、正常なTREM2が生じなくなります。U1snRNAと呼ばれる低分子のRNAを改変して得られた治療分子を発現することで、異常なスプライシングを改善することに成功しました。また、この解析の過程で、TREM2のエキソン3が選択的エキソンであり、このエキソンが含まれないmRNAはナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)と呼ばれる機構で分解されることを見出しました。(Yanaizu et al. 2018 Sci Rep)
<TREM2のエキソン3選択的スプライシングは霊長類特異的であり、CELF2により制御される>
上述のTREM2のエキソン3における選択的スプライシングはヒトを含むいくつかの霊長類に限られ、マウスでは保存されていないことが分かりました。また、このスプライシングの制御因子を探索したところ、RNA結合タンパク質の一種であるCELF2がエキソン3の挿入を阻害することが分かりました。(Yanaizu et al. 2020 Sci Rep)
<アルツハイマー病リスク遺伝子CD33の選択的スプライシングはHNRNPAファミリーのタンパク質に制御される>
CD33はミクログリアやマクロファージの細胞膜に存在する膜貫通型の受容体です。ゲノムワイド関連解析からCD33遺伝子の一塩基多型がアルツハイマー病発症と関連することが明らかになっています。その後、この多型がCD33遺伝子のエキソン2の選択的スプライシングに影響することが判明しました。全長型のCD33はミクログリアの貪食能を抑制し、それがアミロイドβの蓄積に繋がりますが、エキソン2を欠いたCD33は逆に貪食を促進する効果を示すことが報告されています。そこで私たちはCD33のエキソン2のスプライシングを制御するタンパク質を探索し、HNRNPAファミリー(HNRNPA1、HNRNPA2B1、HNRNPA3)を見出しました。これらによる制御機構を明らかにすることで、人工的にCD33の機能を制御する方法の開発に繋がることが期待できます。(Komuro et al. 2023 Cells)